月明かりの鐘を鳴らした子
臆病だと思われていた子ルアンが、霧に閉ざされた村を救うため、古い森の秘密に向き合う物語です。
ルアンの住むミルグレン村では、毎晩、鐘の音が響きました。鐘は丘の上の月明かりの塔につるされていて、晴れた日には、その音が大麦畑を越え、川の上まで銀色に転がっていきました。 村の人たちはその音を聞くと、一日が無事に終わったのだと感じ、子どもたちは窓を閉めながら明日の冒険を夢見たものです。
ルアンは十二歳でした。村でいちばん早く本のページをめくれる子でしたが、小川を渡るのはいちばん最後の子でもありました。 深い水、暗い森、大きな音、知らない道、そのどれにも用心しました。友だちはわざとからかったりはしませんでしたが、難しいことが起きると、ルアンを先頭に立たせることはありませんで した。ルアンも、それでいいのだと思おうとしていました。
ルアンのおばあさんは月明かりの塔の鐘守でした。おばあさんはよく言いました。勇気とは、怖さを知らない心ではないよ。怖さを連れたまま、それでも一歩進む心なんだ。 ルアンはその言葉が好きでした。でも、自分の中にはまだそんな心はないように思えました。 だから毎晩、おばあさんが鐘を鳴らしに上っていくとき、ルアンは階段の下でランタンを持って待っていたのです。
ところがある秋の夜、村の上に不思議な霧が降りてきました。霧は牛乳のように白く冷たく、りんごの枝の間でささやくような音を立てました。 月明かりの塔の鐘は三度鳴り、それから声を失った鳥のようにぷつりと途切れました。翌朝、村人たちは塔のてっぺんでおばあさんを見つけることができませんでした。 鐘も消えていて、石の床には濡れた葉っぱ一枚と、小さな銀色の羽だけが残されていました。
大人たちは森の端まで行きましたが、青ざめた顔で戻ってきました。霧が濃すぎて道が見えず、馬たちはひづめを震わせて進もうとしなかったのです。誰かが言いました。 忘れられた森の月ふくろうが鐘を持っていったに違いない、と。けれど、なぜ今なのか、なぜおばあさんまで消えたのかは、誰にもわかりませんでした。
ルアンはその羽を手のひらにのせました。冷たいのに、生きているみたいにかすかに震えていました。そのとき羽の先から、おばあさんの声に似た小さな響きが聞こえました。 塔の下、根が星を覚えている場所へ。ルアンは心臓がどすんと落ちるように感じました。でも、その声を聞いたのは自分だけだとわかりました。 そして初めて、待っていることのほうが、出かけることより怖いのだと気づいたのです。

ルアンはパンを二切れ、水筒、おばあさんの古いランタン、そして銀色の羽をかばんに入れました。鍛冶屋の娘マレが一緒に行くと言いましたが、ルアンは首を横に振りました。 きみがぼくの代わりに勇敢になったら、ぼくは何も学べないよ。声は震えていましたが、本気でした。マレはしばらくルアンを見つめ、それから小さな折りたたみナイフを渡しました。 じゃあ、道が意地悪をしたら、これを使って。
森は、ルアンが想像していたよりもずっと静かでした。静かすぎて、自分の息づかいが誰かの足音のように聞こえるほどでした。 木の皮は濃い青のうろこのようで、苔は濡れた羊毛みたいに足首にまとわりつきました。何度も引き返したくなりましたが、手の中の羽が温かくなるたび、ルアンはもう一歩だけ進みました。
日が傾くころ、ルアンは話す小川に出会いました。水は石の間を転がりながら、こうおしゃべりしました。臆病な子よ、名前を置いていけば橋になってやろう。 ルアンは名前をなくしたくありませんでした。名前をなくしたら、おばあさんが自分を呼べなくなる気がしたからです。そこで小さな石を集め、ゆっくり並べて、自分で飛び石を作りました。 小川はぶつぶつ文句を言いましたが、最後の石を置くと、銀色の魚が跳ね上がって道を教えてくれました。
その道の終わりには、鏡葉の森がありました。葉っぱの一枚一枚にルアンの顔が映っていましたが、どれも違う表情をしていました。 泣いているルアン、逃げているルアン、何も起きていないふりをして目を閉じているルアン。ルアンは、いちばん見たくない顔の前で足を止めました。 それは、おばあさんなしで家に帰った自分の顔でした。
ルアンはその葉をちぎりませんでした。代わりに静かに言いました。うん、ぼくは帰りたい。でも帰るなら、おばあさんを探しに来たぼくとして帰るんだ。 すると鏡葉は風もないのにさらさらと震え、森の真ん中に星明かりのように淡い階段が現れました。

階段は地面の下へ続いていました。下には、塔の根っこのようでもあり、古い鯨のおなかの中のようでもある丸い洞窟がありました。 壁には、村人たちが忘れてしまった約束の影がぶら下がっていました。分け合うはずだった種、みんなで直すはずだった壊れた橋、ひとり暮らしの隣人の戸をたたこうとした気持ち。 それらは埃をかぶり、小さく泣いていました。
洞窟の真ん中には月明かりの鐘が置かれていました。そしてその上に、大きな月ふくろうがとまっていました。羽は雪のように白く、瞳は古い夜空のように深い色をしていました。 ふくろうはルアンを見ると、くちばしを開きました。鐘を返してほしいか。ならば、おまえがいちばん大切にしている記憶を一つ差し出せ。勇気にはいつも代償がいる。
ルアンは、おばあさんとしょうがクッキーを焼いた記憶、初雪の日に長靴で笑った記憶、マレと秘密基地を作った記憶を思い出しました。一つ差し出せば足りるのかもしれません。 けれどルアンは、ふくろうの瞳の奥に不思議な悲しみを見ました。それは奪いたがる者の目ではなく、誰かにわかってもらうのを長い間待っていた目でした。
ルアンはたずねました。どうして鐘を持っていったのですか。ふくろうは翼をたたみ、長いあいだ黙っていました。やがて低い声で答えました。 この鐘は、一日の終わりを知らせるだけの鐘ではなかった。村が互いを忘れないと誓う鐘だった。だが人々は音だけを聞き、約束を忘れた。約束が空っぽになると、鐘の音は霧になるのだ。
そのとき洞窟の隅から、おばあさんが現れました。けがはしていませんでしたが、とても疲れて見えました。おばあさんはルアンを見ると目を大きくしました。ひとりでここまで来たんだね。 ルアンは駆け寄って抱きつきたくなりましたが、先に鐘を見ました。おばあさん、ぼくが記憶を差し出したら鐘は戻るの。おばあさんは悲しそうに首を振りました。 記憶を失うことは勇気じゃないよ。傷を隠すことなんだ。

その言葉を聞いて、ルアンは心の中で何かがはっきりしていくのを感じました。怖さは消えませんでした。足はまだ震え、喉はからからでした。でもルアンにはわかりました。 勇気とは、自分の心を切り取ることではない。心をまるごと持ったまま、正しいことを言うことなのだと。
ルアンは月ふくろうの前に立ちました。記憶は渡せません。その代わり、約束を持ってきました。 ルアンはかばんからパンを一切れ出し、半分をおばあさんに、さらに小さく割った分を洞窟の床の影たちに置きました。そして言いました。帰ったら、みんなに伝えます。 鐘は誰かが代わりに鳴らしてくれる音じゃない。ぼくたちが互いを大切にするときだけ鳴る音なんだって。
月ふくろうの瞳に月光が広がりました。言葉はたやすい、子どもよ。帰れば人々は忙しく、怖がり、自分の家の戸を閉めたくなるだろう。ルアンはうなずきました。ぼくもそうなると思います。 でも今日、自分が踏み出した一歩を覚えておきます。明日は誰かと一緒に二歩進みます。
その瞬間、洞窟の壁の影が一つずつ明るくなりました。種袋は金色にふくらみ、壊れた橋の影には丈夫な手すりが生まれ、閉じた戸の影には温かな明かりがともりました。 月ふくろうは大きく翼を広げ、鐘から降りました。ならば鐘はおまえのものではなく、おまえたち全員のものだ。持っていけ。ただし最初に鳴らすときは、ひとりで鳴らしてはならない。
ルアンとおばあさんは月明かりの鐘を持って森を抜けました。帰り道はまだ暗かったけれど、小川は静かに浅くなって足首を濡らさず、鏡葉はルアンの顔を一つだけ映しました。 怖さの消えた顔ではありません。怖さを抱いたまま前へ歩く顔でした。

村人たちは夜明け前の淡い光の中で、ルアンとおばあさんを見つけました。最初はみんな鐘を見て歓声を上げましたが、ルアンは塔へ走りませんでした。 広場の真ん中に立ち、洞窟で見たものを話しました。声は何度か裏返り、手はランタンの持ち手を強く握っていましたが、誰も笑いませんでした。最初に前へ出たのはマレでした。 うちの倉庫に種があるよ。分け合おう。
その日、村は鐘を鳴らす前に、するべきことを決めました。橋を直す人、ひとり暮らしのおばあさんを訪ねる人、塔の階段をみんなで直す人、道に迷った人のためにランタンを作る子どもたち。 ルアンは名簿のいちばん前には立ちませんでした。その代わり、人々の間を歩き、抜けている名前を見つけ、小さな声も届くようにしました。
太陽がすっかり昇る直前、みんなは月明かりの塔に集まりました。ルアンとおばあさん、マレと鍛冶屋、パン屋のおばさん、小川のそばの小さな子どもたちまで、長い列になって鐘の綱を握り ました。一、二、三。鐘が鳴ると、その音は前よりも深く温かでした。霧はおびえた息のように散り、屋根という屋根に朝日が降りました。
その後も、ルアンは高い場所では用心しましたし、夜の森をひとりで歩くのは好きではありませんでした。けれど誰かが言いにくい真実の前でためらうと、ルアンは静かに隣に立ちました。 ぼくも怖いよ。だから一緒に行こう。子どもたちはその言葉がいちばん好きでした。英雄の大きな叫びよりも、ずっと長く心に残ったからです。
そして毎晩、月明かりの鐘が鳴るたび、村人たちはその音が一日の終わりだけでなく、互いをもう一度思い出す始まりなのだと知りました。 ルアンは窓辺に座り、おばあさんの焼いたしょうがクッキーを食べながら鐘の音を聞きました。その響きの中には、森の暗闇も、ふくろうのまなざしも、震える一歩も、みんな入っていました。 だからルアンは笑いました。怖さが消えたからではありません。その怖さと一緒に歩く道を、もう知っていたからです。
The End
今日のお話はここまで
心に残った場面を、親子でゆっくり話してみてください。
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